フィギュアスケート 男子 ― 2006年02月17日 22:20

このところオリンピックで連日大好きなフィギュアスケートが見られるのが嬉しい。
昔からなぜかフィギュアスケートを見るのが好きで生で見たことがないのが残念なのですが
TV放送があるとついつい見てしまいます。

さて、オリンピック、フィギュアスケート男子。
日本代表の高橋大輔選手はミスが出て結局8位入賞に終わってしまいました。
プルシェンコ選手はやはりすごいというか格の違いを見せつけられましたが
ミスが出たとはいえ、高橋選手の演技は、私はとても好きでした。
あのオリンピックという独特の空気の中で初めて演技するというのは
やはり想像を絶するほどのプレッシャー、緊張感が伴うものなのだろうと思います。
まして高橋選手はなんとショートプログラムでは第一滑走、フリーでは最終滑走、という
普通よりも重圧のかかる位置での演技だったということなので緊張もますます、という感じだったと思います。
しかし一度の試合でそんな順位を両日とも引き当ててしまう、というのはある意味ものすごいクジ運の持ち主だな、という感じですね(^^;
でもそういうのも含めて、緊張を超越できる、どんな状況でも自分のベストを出せる、
それが一流の証なのだろうと思います。
高橋選手は緊張感に負けてしまった部分はあるだろうけれど
それでも大崩れすることなく最後まで演じきって入賞したことは素晴らしいことじゃないでしょうか。
限界まで頑張ったのでしょう、終わったあと声援に応える高橋選手の足が若干ふらつきぎみだったのが
とても印象に残りました。

このところ、採点法が変わって、少し演技の質が変わったように思います。
プルシェンコ選手の演技を見ていて思ったのですが、
より評価の高いステップ、スピンなどをして点を稼ぐために、見た目の美しさが二の次になっているような気がするのです。
プルシェンコ選手の技は確かに素晴らしいものでした。
他の人には真似できないような、早くて難しいステップ、正確なジャンプ、どれもこれでもか、とレベルの高さを見せ付けられました。
でも評価を上げるための難しい技の数々が、ただレベルの高い技を見せられているだけで、
プログラムとしてみた場合、私には美しく見えなかったのです。
フィギュアスケートはもちろんスポーツですから技の難易度を競うのは当たり前です。
でもそれと同時にやはり、流れるようなスケーティングの美しさ、感情表現や音楽表現、
そういったことも魅力の一部だと思うのです。
そしてそういうところに見ている私たちも感動を覚える。
評価を上げるためのただの技だけでは、感心はするけれど見ていて感動まではできません。
そういう意味で私は技では劣っても、高橋選手のプログラム、というかすべりがとても好きです。
次のオリンピックは4年後。
あの美しいスケーティングはそのままに、強い体と強い心を身につけて、またがんばってほしいなと思います。

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