『オペラ座の怪人』 ― 2006年01月14日 00:11

今年の初観劇。
今年の観劇はじめは『オペラ座の怪人』でした。
石丸さんがラウル、ということで急遽東京へ。

『オペラ座』は私のもっとも好きな作品のひとつです。
あのオーヴァチュアが流れて舞台上でドレープがひとつずつあがって行くのを観ると、もうぞくぞくしてきます。
そう、はっきりいってオタクです(^^;)

この日のキャストは

オペラ座の怪人:高井治
クリスティーヌ:高木美果
ラウル・シャニュイ子爵:石丸幹二

でした。

ここからは完全に私の個人的見解ですのであしからず。

高井ファントムは、ほんとうによくなったな、と思います。
ファントムデビュー当時仙台で観たときは
歌はさすがに上手いけど演技に抑揚がなくただきれいに歌ってるだけ、という感じでした。
なんというか、北海道の原野の一本道を走ってるような(^^;
その後何回か観たときも、ファントムの怒りの表現が行き過ぎてものすごいうるさいファントムだったり、
そうかと思うとやっぱり抑揚のない、一本道ファントムだったり。
どうも、波があるというか相手によってもテンション違う?みたいだな、という感じでした。
でも京都あたりからファントムが身になじんできたのか、
とてもいいファントムになったと思います。
私がこの作品で一番好きなのは怪人の隠れ家での
ファントム、クリスティーヌ、ラウルの三重唱以降です。
クリスティーヌのキスを受けて、ファントムがゆっくりとラウルに近づいていく場面。高井さんのファントムはこの場面の緊張感がすごい。
息を呑む音すらも聞こえてしまうんじゃないか、と思うほどしーんと静まり返った客席、
張り詰めた空気のなかでファントムがラウルに近づいていくのを
固唾を呑んで見守っている観客。
あの瞬間が高井ファントムはすごい緊張感でそれゆえに時間もとてもながく感じるんですね。
そしてクリスティーヌをラウルとともに行かせるときの絶叫と
ベールを手放して歩き去るときの誇り高い決然とした歩み。
今の高井ファントムを観ると、以前は感じられなかった悲哀が感じられるのです。
この日は高井さんは少し声の調子が悪かったような気がしましたが、
いつもの三重唱に行く前、クリスティーヌに選択を迫って♪もはや退けないぞ~、と歌う時の雰囲気が
いつになく哀愁を帯びていたような気がしました。
まるでうつむいた背中が泣いているような。
観ているこちらも早々と泣けてきてしまいました。
とてもせつない、情熱と情感のこもった素晴らしいファントムだったと思います。

クリスティーヌの高木さん。
この方のクリスティーヌはデビュー直後の昨年7月に一度観ました。
そのときはまだ時々日本語の歌や台詞のアクセントがおかしかったり、でいっぱいいっぱい、という感じでしたが
デビューしたての初役の緊張感というか頼りなさがクリスティーヌという役と重なって
初めての役としてはなかなか・・・という印象でした。
そして半年経って二度目の観劇。
アクセントはそれなりに改善されていましたし、メイクもこなれてきたようで、可憐なクリスティーヌでした。
ただ、初見のときも思ったのですが、台詞に気を取られるのでしょうか、
ときどきしぐさや表情が気が抜けたようになることがあるんですね。
そこをもう少し丁寧にやってくれたらもっといいのに・・・という感じで、
その抜けたところで観ているこちら側が一瞬現実に引き戻されてしまうのです。
そこが少しおしいかな、という感じでした。
ただ、私の『オペラ座』の観劇ポイント、ラストの怪人の隠れ家での彼女のクリスティーヌはとてもよいと思います。
あの場面は、演じる人にも観る人にもいろんな解釈があるのだと思います。
だからこれは私の勝手な好み、なのですが、あの場面は、ファントムに対して心を残して去るクリスティーヌであってほしいのです。
よく「母性」ということを言われるようですが、男女の愛とか、同情、というのではなく、
ある種の大きな愛情でファントムを包み込んで欲しいのです。
闇の中に生きてきたファントムの魂が、彼女のキスと抱擁で昇華するような・・・
高木さんのクリスティーヌはその点、とても丁寧に演技されているような感じを私は受けました。
ファントムにキスするときの顔をなぞる手の動き、抱きしめるしぐさ、
そして指輪を残して去るときの後ろ髪を引かれるような風情・・・
あの場面を丁寧に観せてくれる高木クリスティーヌは私にとってはまた観たくなるクリスティーヌ、ではあります。

ラウルの石丸幹二さん。
この方のラウルがたぶん私は一番好きです。
「青年貴族」ラウルはすでに役不足、というか、実際は少し年齢的には不釣合いになってきているのかもしれませんが・・・
でもこの方のノーブルな雰囲気や物腰は観ていてとても心地よい、というかしっくりきます。
落ち着きすぎず、ほどほどに熱い子爵さまでもあります。
その熱さと落ち着きの具合が私にはちょうどいいのかもしれません。
特に怪人の隠れ家でファントムと対峙する場面、高井さんのファントムと石丸さんのラウルのときは、
あのラウルが捕らわれたロープを切るまでの緊張感がとても深いのです。
時間がとても長く感じて息ができなくなるくらい。
この緊張感の中に身をおける、というのはとても幸せなことだ、と思ってしまいます。
この瞬間だけでも、高井ファントムと石丸ラウルのコンビは観に行きたくなってしまいます。

『オペラ座』を観るたびに、ラウルという役は若くお金持ちの熱血貴族さま、というだけではない、
もっと大きな魅力の必要な役なんじゃないか、と思ったりします。
ファントムはいわば、闇の中を生きてきた人です。
物理的だけではなく心理的にも、自分の心の闇の中に生きてきた人。
だからこそ、ラウルにはファントムと対極にある、光の存在でいて欲しいのです。
ファントムが嫉妬してしかるべき魅力のある人であってほしい。
ファントムが望んでも手に入らない、容姿や社会的地位や人々の愛・・・
そういったものをすべて備えている人物だからこそ、
そしてそんな人物が自分の一番大事な人までも奪おうとしているからこそ、ファントムの嫉妬も怒りも嘆きも深い。
そう思います。
そしてラウルが魅力的であればあるだけ、そして輝いていればいるだけ
それに対するファントムの孤独や哀しみがより際立つ。
そんなふうに思いつつ、いつものあのせつないラストを観てしまうのです。

・・・とここまで書いて。
すっっっごい長くなってたことに気がつきました。
『オペラ座』好きだからついつい語りだすと長くなっちゃうんですね(^^;
でもこの作品自体が観た人になにかを考えさせる作品、語りたくさせる作品なのかもしれません。
そんなところもこの作品の魅力かな、と思ったりします。

また次に観るのはいつになることやら・・・

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